クリエイティブプロデューサー
CREATIVE PRODUCER
プロデューサーとして段取りを組み、予算管理を担いつつ、ディレクターとして、動画広告のデザイン・編集・撮影のディレクションもおこなっています。どちらも、提案の方向性を定め、スタッフとの意見交換を繰り返しながら進行していきます。相談をいただいて受注する案件だけでなく、コンペにも精力的に取り組んでおり、業務内容や繁忙状況は流動的です。さらに、私自身プランナーへの志も強いため、企画を考えて自主提案することもあります。”職種”に捉われず、案件全体を見渡して、より効果的な企画を生み出す仕事を目指しています。
自分の視点・考えが、得意先のビジネスや生活者のお役に立ち得ることです。日々過ごす中で抱いた「おもしろ味・違和感・想像」が、自分の中だけで完結するのではなく、他者にもビジネスインパクトという形で共有できることが、この仕事ならではだと感じています。また、良いインパクトをもらたすには、徹底的に調べあげることが必要です。きっと自分の生活上だけでは興味関心を持たなかったであろう、商材・課題・人々について深く考えるきっかけを持てることに、苦しさと知的好奇心の入り混じる豊かさを感じ、楽しいです。
私は初配属がアカウントディレクター・パフォーマンスコンサルタントだったため、メディア経験を土台にしてクリエイティブを考えることができたとき、キャリアとしての成長を感じます。より効果的な施策を実施するためには、メディアとクリエイティブ両軸で戦略・戦術を練っていく必要があると考えているのですが、運用知見や媒体ロジックが経験・思考のベースになっているからこそ、クリエイティブ業務でも説得力の補強や進行の見通しを立てることに、活きているのではないかと思います。
経済活動に加え、文化の形成や記録としても貢献していると考えます。広告は、流行や最新技術を使って、社会の共感や注目を得ようとします。その一方で、広告から社会へ問題提起や提案をして、新たな価値観を形成することもあります。広告が先か、文化が先か、どちらもあると思いますが、その時代に機能し、その時代を記録し、あとの時代へ語り継ぐことのできるひとつの媒体です。だからこそ、言葉や映像など伝え方を試行錯誤し、売りにつながる役割を果たしながらも、エンタメとしても楽しみ続けられる広告を作りたいと感じています。
自分の性格と会社の雰囲気が近いことと、制作業務に従事できる可能性があることです。前者は、私は対人関係がパフォーマンスの影響因子だと自認していたため、入社を決める上で最も重視しました。インターンシップや説明会での社員の様子や、広報の仕方から企業の色を察知し、違和感がないことを確認しました。後者は、制作会社を含め選考を受けており、必須条件でした。そのような想いを持って、最終面接で「メディア知見をつけてから制作をやりたい」と伝え、入社しました。
興味のままに学業・課外活動・アルバイトに励みました。学業は「人間がなぜ言葉を話せるのか」への探究心から、言語学を専攻しました。英文科だったので英語を中心に扱い、構造・仕組みの分解、古典文学や現代社会での機能分析に夢中でした。他に、高円宮杯という中学生英語弁論の全国大会の運営に打ち込み、歯科助手や巫女、飲食店でのバイトも経験しました。どの活動でも共通して考えたのは、「人は何かを伝えるために試行錯誤し続けている」ということです。その営みを目撃したい、生み出したい、と考え、制作の仕事を志望しました。
まずはお気に入りのパン屋さんに朝ごはんを買いに行って、自分を甘やかすことからスタートします。ひとりで過ごすときは、公募の広告賞の準備をしたり、コピーライティングの練習をしたり、読書をしたり、1週間分のバラエティ番組を見漁ったり。気が向いたときは、画材を引っ張り出して絵を描くこともあります。友人と過ごすときは、美味しいものを食べに行ったり、飲みに行ったり、山や海に連れ出してもらったり。また、最近は上長のススメで映画や音楽に意識的に触れたりもして、アイデアにつながる記憶をストックしています。
まだ世の中にない企画を考えて、広告賞を獲りたいです。日々、仕事は得意先の事業成果を最大化するために取り組んでいます。でも、その取り組みの結果、受賞することで、さらに得意先の社会的評価を高めたり話題を作ったりできる可能性があります。また、Hakuhodo DY ONEやチームの企画・制作力をアピールする機会にもなり、相談数を増やせる可能性もあります。あくまで賞はゴールではなく”手段”と捉えていますが、いつか近づけるよう、新規性や独自性のある仕事をすることにこだわりながら、少しずつ力をつけていきたいと考えています。